泡沫で儚い記憶

あなたの幸せが ずっと、ずっと、つづきますように。 小さな砂粒があつまって、 大きな岩になるほどに。 その大きな岩の表面に コケが生えるほどまでに。

【読書】 「ピンク・バス」 角田光代著

映画にもなった「八日目の蝉」などを書いている、角田光代さんの中編が2本入っている。「ピンク・バス」はちょっとファンタジーな作品。

 

「あらすじ」

妊娠がわかった後、連絡のつかなかった夫の姉がいきなり二人の家にやってくる。姉はすぐ出て行くと言いながら「ピンクのバス」が迎えに来るまでいるといいだす。姉の不思議な行動に戸惑いながら、体は変化し、3人の関係もひずんでいく。

 

と言った話。月刊誌に掲載されていたせいか、全体に一本の筋道がなく、読んだ後何が言いたいのかがわからない。月ごとに思いついたことを書いているようで、全体にまとまりがない。いきなり主人公の「サエコ」は大学時代、浮浪者の同級生と付き合って一緒に公園で寝泊まりしていた話がはじまったり、姉の「実夏子」の奇行を書いてみたりしている。

 

それでも、角田光代さんの情景描写と心理描写の積み重ねがすばらしいので、シーンごとの文章は読む価値がある。

 

「私、子供ができたんです」
 何も言わず、実夏子は顔を上げた。
「子供」タクジが言った。「来年の夏に生れるんだ」
「もう三か月なんです、ね? つわりもそんなにひどくなくって、安心してるんです。よく漫画であったでしょう、うって口押えて洗面所に走りこむような、あんなんじゃないんです。時々オエッとなるくらいで」
 サエコはそこで間をあけて、実夏子の反応を待った。実夏子はビールの瓶にびっしりついた水滴を指でなぞっていたが、
「気持ち悪い」
 と言った。
「え?」
「妊娠なんて、すごく気味が悪い。よくシステムがわからないし、理屈はわかるけど何か変じゃない。不思議に思ってたんだけど妊娠した人って何の疑問もなく当然って顔で母親みたいになっていったりしますよね、もちろん不安とかいろいろあるんだろうけど、あたしが思うのはもっと基本的な疑問」
 急に長い文章を話し始めた実夏子をサエコは驚いて眺めた。しゃべり続ける実夏子の口から食べ物が皿に飛ぶ。彼女の言っていることがサエコの頭に届くのと、彼女がぽかんとしたサエコを見て急いで口を閉ざすのと、ほぼ同時だった。サエコは急に箸を放り投げて泣き出したくなった。妊娠を告げて気味が悪いと言われたのは初めてだった。だれが悪いわけでもないけれど、夏からずっと毎日毎日体調が悪く、酒を飲んでも吐かなかった自分が時々ひどく惨めな気持ちで吐き、タクジと口論をしてもセックスは怖くてできず、これがあと二か月くらい続くかと思っただけでげんなりとしてしまうのに、それで褒めてもらおうとは思わないがよりによって気味が悪いなんて。サエコは助けを求めるようにタクジを見たが、タクジは何も聞かないような顔をして口を動かしている。この人と結婚したのは間違っていたのだろうかと一瞬真剣に考えるほどの無関心ぶりだった。サエコは胃の中がざわざわし始めるのを感じ、席を立った。

 

このシーンだけでもサエコの心情に同情出来るし、実夏子の不気味さ、姉の行動を容認している夫「タクジ」の関係がわかる。おしいのは、読み終えても、何が言いたかったのかがわからないこと。ミュージックビデオの監督が、映画を撮ったら美しいけど、訳わからんと言われるのと一緒。

 

 

もうひとつの「昨夜はたくさん夢を見た」も同じような訳わからん話。角田光代さんの小説は、文章は好きなんだけどストーリーが合わない感じ。他の本を読んでみたらまたちがうのかな。

 

 

ピンク・バス (角川文庫)

ピンク・バス (角川文庫)