泡沫で儚い記憶

あなたの幸せが ずっと、ずっと、つづきますように。 小さな砂粒があつまって、 大きな岩になるほどに。 その大きな岩の表面に コケが生えるほどまでに。

【お題】 ゾクッっとする短編集

今週のお題「ゾクッとする話」

 

ゾクッとする話といえば、サキの短編集が一番。

 

サキ傑作集 (岩波文庫 赤 261-1)

サキ傑作集 (岩波文庫 赤 261-1)

 

 

オー・ヘンリーと並ぶ短編の名手とされ、あっと驚くような意外な結末を持つ構成の緻密な作品を多く手がけた。文体も簡潔で無駄がなく、気の利いた表現も随所にさしはさまれている。E・V・ルーカス(E. V. Lucas)は「泊り客の枕もとに、オー・ヘンリー、あるいはサキ、あるいはその両方をおいていなければ、女主人として完璧とはいえない」と評している。もっとも両者の作風は対照的で、オー・ヘンリーの短編は庶民的で情緒的、サキは貴族的で冷笑的な傾向を持ち、残酷な作品も多い。怪奇的・超自然的な趣向をもつ作品もいくつか手がけている。

代表的な短編に「開いた窓」(The Open Window)、「トバモリー」(Tobermory)「話し上手」(The Storyteller)、「平和的玩具」(The Toys of Peace)、「スレドニ・ヴァシュター」(Sredni Vashtar)、「狼少年」(Gabriel-Ernest)などがあり、中でも「スレドニ・ヴァシュター」は何度も映像化・アニメ化されている。作品の多くは新聞に発表された。短編集に『レジノルド』、『獣と超獣』、『クローヴィス年代記』などがある。全部で2長編135短編および戯曲4編が発表されており、短編の半数以上は日本語に訳されている。

日本語訳は、『サキ傑作選』(ハルキ文庫)、『ザ・ベスト・オブ・サキ1・2』(サンリオSF文庫ちくま文庫)、『サキ傑作集』(岩波文庫)、『サキ短編集』(新潮文庫)などにまとめられている。

 

 

一番有名なのは「開いた窓」かな。個人的には、列車で騒ぐ子供に話しをするやつも好き。「開いた窓」はこんな話。

 

サキ コレクション vol.1

 

 

開いた窓

 

「まもなく伯母も降りてまいりますわ、ナトル様」
ひどく落ち着いた雰囲気の15歳の少女が言った。「それまでわたくしがお相手をつとめさせていただきますわ」

 

フラムトン・ナトルは、やがて来る伯母さんに対して失礼にあたらないよう、しばらくはこの姪のご機嫌を損ねないために、何か適当なことでも言っておこうと考えていた。内心ではこれまでにも増して、つぎからつぎへと見も知らぬ他人を形ばかり訪問することで、神経衰弱がどれだけ回復するのだろうか、という疑問がふくらんでいたのだが。

 

「わたしにはどうなるかわかってます」田舎の別荘に移る準備をしていたフラムトンに、姉はこう言ったのだった。「田舎に引っ込んでしまって、生きている人間なんかとは一切話さなくなるんだわ。ふさぎこんで、神経の方もどんどん参ってしまうのよ。とにかく、そこに住んでいる知り合いみんなに紹介状を書いてあげるから。なかにはすごくいい人だっていましたよ」

 

これからその紹介状を渡す予定のサプルトン夫人は、すごくいい人の部類に属しているのだろうか、とフラムトンは考えていた。

 

「このあたりには、お知り合いがおおぜいいらっしゃいますの?」黙ったまま、腹のさぐりあいをするのはもうたくさん、と判断したらしい姪がたずねてきた。

 

「ひとりもいません。四年ほど前、姉がここの牧師館に滞在していたことがあったんです。それで、このあたりにいらっしゃる方々に紹介状を書いてくれたんです」

 

最後の言葉にはっきりと、いらないことをしてくれた、という思いをこめて、フラムトンはそう言った。

 

「あら、だったら伯母のこと、あまりよくご存じじゃないのね?」落ち着いた娘はいきおいこんで聞いてきた。

 

「お名前とご住所しか」
プルトン夫人が結婚しているのか、それとも未亡人なのかもわからなかった。なんとなく、この部屋には男性の存在を感じさせるものがあるようには思ったが。

 

「ちょうど三年前、大変な悲劇が伯母を襲ったんです。お姉さまがここを引き払われたあと」

「大変な悲劇ですって?」こんな平和な田舎に大変な悲劇とは、ひどく場違いのような気がした。

 

「どうして十月の午後だというのに、あそこの窓を開けっぱなしにしているんだろう、って、おそらく不思議に思ってらっしゃるのでしょうね」姪は、芝生に向かって開いている大きなフランス窓を示した。

 

「この時季にしては暖かいですからね」とフラムトンは答えた。「でも、あの窓がなにかご不幸と関係がおありなんですか」

 

「ちょうど三年前の今日、あの窓を通って、伯父と、伯母の弟ふたりが狩に出かけたのです。そのまま三人は戻ってきませんでした。荒れ地を横切って、お気に入りだったタシギの猟場へ向かっている途中、沼地の柔らかくなっていたところに呑み込まれてしまったのです。あの年の夏は、雨ばかりだったでしょう、だからいつもの年ならなんともなかったところが、前触れもなしに崩れてしまったんです。三人の亡骸は、とうとう出てきませんでした。そのためにこまったことになったんです」

 

ここまでくると、娘の口調からは、例の落ち着き払った声音が消え、ためらいがちになった。

 

「気の毒な伯母は、いつか三人が帰ってくる、三人といっしょにいなくなった小さな茶色いスパニエル犬を連れて帰ってくる、そうして、いつもそうしていたように、あの窓を通って家の中に入ってくる、って、ずっと信じているんです。それで、毎晩毎晩、真っ暗になるまで、あの窓を開けっぱなしにしておくんです。

 

「かわいそうな伯母さん、あのひとはよくわたしにも三人がでかけたとき、どんなようすだったか話してくれるんです。伯父は白い雨合羽を腕にかけ、ロニーっていう下の弟は、『バーティ、どうしておまえは跳ねるんだ』という歌を歌ってたんですって。っていうのも、その歌は神経に障る、って伯母が怒るので、よけいにふざけて歌ってたんだそうです。今日みたいに静かで穏やかな夕方には、ときどき、三人があの窓から入ってくるような気がして、わたし、思わず、ゾッとしてしまうことがあるんです」

 

娘はかすかに身を震わせて、話を切った。そこに伯母のほうが、ごめんなさい、遅くなってしまって……としきりに謝りながら、せかせかと部屋に入ってきたので、フラムトンはほっとした。

 

「ヴェラはちゃんとお相手ができましたかしら」

 

「大変楽しかったですよ」

 

「窓を開いたままにしていること、どうかお気になさらないでくださいましね」サプルトン夫人は明るい声でそう言った。「主人と弟たちが、まもなく狩から戻って参りますの。いつもあの窓から入ってくるんですのよ。今日はタシギを撃ちに沼地へ行ったようですから、きっとあの人たちはここの絨毯を泥だらけにしてしまうんでしょうね。男性の方ってみなさんそうしたものでいらっしゃいますわよね」

 

プルトン夫人は、狩のことや、獲物になる鳥があまりいないこと、この冬のカモ猟がどうなりそうかなど、楽しそうにぺちゃくちゃとしゃべり続けた。フラムトンからすれば、その何もかもが気持ち悪くて仕方がない。なんとか会話をすこしでも幽霊じみたものから引き離そうとしてはみたものの、あまりうまくいったとは言い難かった。気がつけば、夫人はフラムトンにはおざなりな意識をときおり向けるだけ、彼を通り越して、開いた窓とその先の芝生の方ばかり見ている。よりにもよって、こんな悲劇が起こった日に来合わせるとは、なんと間が悪い話なのであろうか。

 

「ぼくを診た医者はひとり残らず、完全な休養を取り、興奮を避けて、激しい運動のいっさいを控えるように、というのですよ」とフラムトンは話した。赤の他人やゆきずりの相手は、他人の病気やその原因、治療について、根ほり葉ほり聞きたがる、という誤解があまねく世間には行き渡っているけれど、フラムトンもせっせとその勘違いを実践していたのである。
「それが食餌療法のこととなると、まったく統一的な見解というものはないのですから」

 

「そうなんですの」サプルトン夫人は、出かけたあくびをやっとかみ殺してそれだけ言った。突然、夫人の顔は、なにごとかに注意を引かれて、ぱっと輝いた――フラムトンのことばにではない。

 

「やっと帰って来たわ!」大きな声でそう言った。「ちょうどお茶に間に合ったわ。目のあたりまで泥まみれじゃありませんんか!」

 

フラムトンは、微かに身を震わせると、お気の毒なことです、事情は察していますよ、という表情を浮かべて、姪のほうを向いた。ところが娘は開いた窓の向こうを、恐怖を浮かべた目を見開いて、呆然と見つめている。フラムトンは背筋の凍るような、なんとも名状しがたい怖ろしさを感じ、椅子にすわったまま振り返ってそちらに目をやった。

 

徐々に暮れていく薄闇のなかを、三つの影が、芝生を横切って窓のほうに近づいてきた。みな、小脇に銃を抱え、なかのひとりは白い雨合羽を肩にかけている。そのあとについてくるのは、疲れたようすのスパニエル犬だ。一行はしめやかに近づいてくる。突然、夕闇をついて、若々しいだみ声が歌うのが聞こえてきた。
“ほら、バーティ、おまえはなんで跳ねるんだ?”

 

フラムトンはステッキと帽子をひっつかんだ。玄関の扉にも、小石が敷き詰められた小道や表門にも目もくれず、一目散に逃げ出したのだ。やってきた自転車が危うくぶつかりそうになって、何とか避けようと生け垣に突っ込んだ。

 

「いま帰ったよ」白い雨合羽をかけた男が、窓から入ってきてそう言った。「すっかり泥まみれになってしまったが、だいたい乾いたようだ。ここに入ろうとしたときに飛び出していったのは、誰なんだい?」

 

「なんだかおかしなかたでしたわ、ナトルさんとかおっしゃるの」サプルトン夫人は説明した。「ご自分の病気のことしかお話しにならないの。あなたが帰ってらしたっていうのに、挨拶もしない、失礼します、とも言わないまま飛び出していくなんて。なんだか幽霊にでも遭ったみたい」

 

「たぶんそのスパニエルのせいよ」と、そしらぬ顔で姪は言った。「犬がおっかないんですって。せんにガンジス河の河岸にあるどこかの墓地で、野犬の群れに襲われたらしいわ。そのとき、掘ったばっかりのお墓のなかで、一晩、過ごさなきゃならなかったんですって。頭のすぐ上で、犬が唸ったり、歯を剥いたり、泡を吹いたりしてたんだそうよ。だれだってそんな目に遭ったら、犬には神経を尖らせると思うわ」

 

とっさに物語を思いつくのが、この娘の特技だった。




 

The End

 

星新一より先に書かれた短編集。オチでにやりとするのは一緒。

 

 

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