【読書】 隣りの女 / 向田邦子
向田邦子の「隣りの女」が2話だけ未読だった。
全5話の短編小説集
- 隣りの女
- 幸福
- 胡桃の部屋
- 下駄
- 春が来た
男性が読むのは気恥ずかしいほど、女性の感情があふれている。好きな短編は「胡桃の部屋」その中にこんなシーンがある
「気持が悪い……」
大きく笑ったはずみに、肩が触れ合った。酒が入っていたせいか、都築も桃子も、あわててからだを引くことをしなかった。その晩、珍しく酔った都築は「桃太郎」の歌を歌ってくれた。祖母がよく歌っていたという昔の小学唱歌である。
桃太郎さん、桃太郎さん
お腰につけた黍団子
ひとつわたしにくださいな
都築はバーのカウンターに置いた桃子の手の甲を、軽く叩いて調子をとりながら歌った。
くださいな、というところで、手を重ね、しばらくそのままにしていた。
桃子は、そっと手を引こうとした。
都築は二番目に移った。
やりましょう、やりましょう
これから鬼の征伐に
ついてゆくならやりましょう
歌い終りには、また手を握るようにした。
行きましょう、行きましょう
あなたについてどこまでも
家来になって行きましょう
桃子はからだが熱くなってくるのが判った。都築の欲しいという黍団子は、わたしのことなのだろうか。黍団子をもらったら、あなたについてどこまでも、家来になってやる、という意味なのであろうか。
毎月一回逢うことは、昔の上司の娘に対する同情というより、もっと別のものに育っていたのか。
そういえば、桃子も、今日あたり都築から連絡がありそうだなという日は、洗濯したての下着を着てきている。
「父の相談」という名目で、おたがい気持をごまかしてきたが、これは逢いびきだったのかも知れない
向田邦子の小説は、心の奥にある感情と名のつかないドロリとした黒い塊を表現するのがうまい。これは、人生をある程度経験していないと、共感できないだろう。どの小説も、ああ、あのときはこういうことだったのかと、思い直し気づかされることがある。
絶筆となった「春が来た」の最後が
風見も笑い、直子も少し笑った。
「さようなら!」
自分でもびっくりするくらい大きな声だった。
というシーンで終わるのも感慨深い。
30歳を超えて、生活にメリハリがなかったり、疲れてしまったりしたときに読みたい本。おすすめ